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2007年 04月 19日

欧州旅31…ベルリン / 歴史が残した足あと、きずあと。

2006年7月31日〜8月5日滞在。
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ベルリンの、背負ってきた・刻まれてきた歴史を、
いくつかの場所で触れることができました。


ジューイッシュ・ミュージアム(ユダヤ博物館) Jewish Museum Berlinへ。
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(← チケットより。全体図)
設計は、自身もユダヤ人であるダニエル・リベスキンド Daniel Libeskind氏です。2001年に本格的にオープンしました。
『ジューイッシュ=ユダヤ人の、ユダヤ系の』の意味をなす。
その言葉どおり、ここはひとくちで言うなら、
『追放・迫害・ホロコーストにいたるユダヤ民族の過酷な歴史を空間で表現した』博物館。
空間で表現…というとおりに、外観は鋭角的に曲がりくねっていて、
メタリックな外壁に日光が反射する。
窓がカミソリでえぐったように鋭く刻まれている。
内部は迷路のよう…。
そんなふうにして、ユダヤの人々が受けてきた
精神的圧迫をあらわしたというこの建物自体が作品であり
博物館になっているのだと思う。
建築ってこんな可能性もあったんだと思わせます。

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内部の階段。
大小の梁がぐさぐさと刺さっていて、不安を掻き立てる。
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← 『The garden of exile』(追放された者の庭)にて。
(上のチケット写真の右側が外観)
庭に位置するココで
私は酔ってしまいました。
足もとや支柱の立ち方が
平衡感覚を狂わすので、
船に弱い人などは気分が悪くなると思う。
でもこの体感こそがリベスキントの望むところならば、すごいと思う。


柱のてっぺんには、
ユダヤ教で平和や希望を意味する
オリーブが植えられています。


ほかにも、内部にはその名も
『ホロコースト・タワー』があり、
重い扉を開けた真っ暗な空間の天井から
ほのかに漏れる日光を仰ぎ見るという
密室空間になっている。
お手洗いもぜひ立ち寄ってみてください。

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芝生にまでギザギザ模様が…。
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館内には、ユダヤ人の歴史を語る展示がじつにみっちりと展開されています。
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← NYのツインタワー跡地再建の模型。
リベスキンド氏は、アメリカ同時多発テロ事件後の世界貿易センター跡地再建コンペに当選。
いちばん高い塔は、フリーダム・タワーと名付けられるそうです。
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スーベニール・ショップにて。
ジューイッシュ・ベア!





↓ 2005年に完成したばかりの『虐殺されたヨーロッパのユダヤ人慰霊碑』 Memorial to the Murdered Jews of Europe
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ブランデンブルグ門近くの広大な敷地に、
コンクリート製の石碑2,711個が格子状に並ぶ、巨大モニュメントです。
石碑の数は、犠牲者の人数とは関係がないそうで、
敷地の規模から導き出されたものとの事。
グレーのブロックが並ぶ光景はものものしいものがあります。
設計はアメリカ人のピーター・アイゼンマン Peter Eisenman

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(← HPより。壮観…)
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ふぞろいの高さで並ぶ石碑の間を縦横に、
なだらかに波打つ地面を歩くと、
軽いめまいの感覚とともに不安じみた気持ちになってくる。
ふっとジューイッシュ・ミュージアムの『追放された者の庭』でおぼえたクラクラした感覚がよみがえる。
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地下には情報センター(資料館)があり、ユダヤ人家族の何世代にもわたる運命をたどったものや、個人の伝記的記録、全ヨーロッパに及ぶユダヤ人迫害の地理的広がりなどが紹介されています。





ベルリンの壁資料館 Berliner mauer
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ここで当時の記録フィルムや音声を視聴できます、とても貴重なのでは。
新聞やビラなども所蔵されています。
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学習中のティーンズ。
資料館前には壁がそのまま残っています。
ベルリンの壁って2枚というか二重だったんですね、1枚だと思ってた。
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資料館前にて。
これは選挙立候補者ポスター。とほほ。
↓ その資料館近くで偶然にも発見の和解教会 Chapel of Reconciliation
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これは、ベルリンの壁の間に位置していたがために
破壊されてしまった教会を、新しいコンセプトの元に再建されたもの。
ここもヨーロッパ建築案内〈2〉に掲載されていました。
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内部より。日本住居にも通じるものがありそうです。
祭壇はまたその内部にあり、おごそかそのものでした。





チェックポイント・チャーリー Checkpoint Charlie
アメリカ管理地区にあった検問所の名前です。
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まだベルリンが壁で東西に分断されていたころ、東西の往来のために用意されていた数少ない検問所のひとつがここです。
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かつての検問所。
軍服を着たコスプレの人と写真が撮れたりするみたい。





トポグラフィー・オブ・テロ Topography of terror
d0090805_454880.jpgTopography of Terror というかってのゲシュタポ本部跡地に作られたナチスの犯罪に関するオープンエアの資料館です。

← 写真の上部のこれは、ベルリンの壁です。ここにも壁が残っています。
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↓ そのほか、近郊ではザクセンハウゼン強制収容所 Gedenkstaette und Museum Sachsenhausenがあります。
今回は訪ねませんでしたが、ここも貴重な場所だと思います。
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(← 2000年に撮ったもの。”働けば自由になる”と書いてある)
ベルリンの中心部から電車で1時間ほどの静かな郊外にここはあります。
棟の一部を残し、遺品や髪の毛の山、
おふろと呼べそうもないおふろ、
ガス室、死体焼却炉などが残されています。
20万人もの人がこんな所につめこまれていたことを思うと、痛ましさと想像の限界を痛感するばかりです。


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by norichofu | 2007-04-19 00:00 | 2006夏/欧州の旅 | Trackback | Comments(28)
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Commented by りょう at 2007-04-19 19:15 x
素敵!!ドイツいってみたいな~☆★ヨーロッパで行ってないの、ドイツぐらいかなあ。いきたい!!羨ましい!!
Commented by とも at 2007-04-20 07:33 x
ユダヤ人て、ユダヤ教に入ればユダヤ人になれるって本に載ってたけど、その定義がよく判らんのよね。
ミステリアスな人種?やわ。
酔いそうな建物、行ってみたいような、恐いような…。
Commented by norichofu at 2007-04-20 23:16
>>りょうさん
ヨーロッパって広いから何回でも訪れたくなりますよね。
(↑資金さえあれば、のお話ですけどもね!)

Commented by norichofu at 2007-04-20 23:24
>>ともちゃん
そうなんだ!ユダヤ教に入るときに儀式か何かを済ませば、ってことかなあ。
ロンドンでユダヤ人街をたずねたことがあって、
スーパーとかレストランが興味深かった!食べるものが微妙に独特でした。
Commented by Elina at 2007-04-21 01:16 x
久しぶりです!
日本もドイツと同じで敗戦国ですけど、ドイツは日本とは違いますね。
ドイツは、敗戦国として、やるべきことをしてるんだなぁって思いました。
日本も辿るべき道だったんじゃないかと、思ったり。
Commented by gero at 2007-04-21 02:16 x
凄いタイムリー!
つい先日、『白バラの祈り~ゾフィー・ショル、最期の日々~』とゆう映画を観たばっかりで、胸が痛んでました。
norichofuはもう観たかな?
Commented by lin at 2007-04-21 18:25 x
ベルリンの歴史は考えさせられたものがあったよ。
日本の歴史もそうだけど、国ごとの歴史って深いよね。
全て知るには頭がパンクしそう。
でも日常生活の中でアンテナは世界に向けていこうと思ってます。
Commented by norichofu at 2007-04-21 22:52
>>Elinaさん
お久しぶり☆
ドイツは、うーん、敗戦国として、というより、
弾圧・迫害していた側として、
こういう形で真摯?に意をあらわしてると思う。
あれだけの事したしなぁ…
日本は…史実の検証の段階でいまだにもめたりしてるしなぁ。
Commented by norichofu at 2007-04-21 22:57
>>geroちゃん
わ、どんな映画だろう?と思って検索してみたら、
私のお気に入りのかわいこちゃんユリア・イェンチが
主演なのね!知らなかった!
彼女を『ベルリン 僕らの革命』で初めて知って惚れましたの…
映画、良さそうなので今度観てみる☆
Commented by norichofu at 2007-04-21 23:21
>>linちゃん
>>でも日常生活の中でアンテナは世界に向けていこうと思ってます。
わ!良いこと言うね☆
私も、世界の動きにたいして、良い動きも悪い動きも、
想像力をはたらかせていたいと思うわぁ。
Commented by Elina at 2007-04-22 00:55 x
敗戦国としてっていうのは・・・
ドイツは、確か周辺国(ドイツが戦時中に弾圧、侵略した国々)と同じ内容の歴史教科書を使ってるそうです。学ぶ歴史に食い違いがないように。
日本と、韓国やら、中国は、それぞれに違う教科書を使用しています。
だから、お互いの言い分が食い違ったまま、時が過ぎてしまったんです。
敗戦国としてっていう言葉はおかしいかもしれないんですけど、一つの戦争で同じ間違いをおかした2つの国(日本とドイツ)っていう意味で、敗戦国っていう書き方をしました。
日本も、戦争でドイツと全く同じことをしたって訳じゃないけど、
もっと早くに、ドイツみたいに、周辺国と仲直りをする的な努力をすべきやったんちゃうかなぁって思うんです。

ちょっと、アツく語りすぎましたm(_ _)m
Commented by norichofu at 2007-04-22 22:47
>>Elinaさん
ううん、いい感じやで!いろいろ話したり意見聞くの好きだし!Elinaさんのそうゆうところは私大プッシュだし☆

私は大戦前後の歴史検証を、ほとんど小林よしのりのマンガ『戦争論1〜3』で学んだだけなんだけど(これおすすめです。すごく調査してはるし、かたよってないです)、敗戦するとほんとに弱い立場に追い込まれるんだなあと改めて思いました。敗戦後はアメリカの管理下でいろいろ制限されて、東京裁判もいじめ同様な内容だったらしく…今も安保理の常任理事国がそのときの戦勝国なままなのも、まだまだ幅きかしてるように映る。
日本が周辺国にたいしてしたことも、日本が敗戦したというその勢いに乗って、オーバーに語られたり、数を詐称されたりすることも多かったようで…。
でもあらためてショックだったのは、当時のアメリカのやり方、かなあ。日本は完全になめられてたんだなあと思った。

最近でもイランの大統領が『ホロコーストはなかった』とか言って物議をかもしてるけど、過激やなあ。全否定かあ。
Commented by Elina at 2007-04-24 01:21 x
つい、思ったことをギャア~って言ってしまう性格です(^^;
すみません!

ところで、今日は平田さんの送別会でした。

話戻します!
日本が敗戦した勢いで、オーバーに語られたり、数を詐称したり・・・
うーむ、あると思います。
けど、火の無い所に煙は立たないんです。
ある程度の事実があるからこそ、オーバーに語られたりするんでしょう。
けど私は、民衆の心を巧みに操って戦争に向かわせた、昔の人達を許すことは出来ません。しかし、非難することは出来ないんです。
もし、自分がその時代に生きてたら、きっと戦争反対なんて言えなかっただろうし、言ったところで非国民扱いで拷問にかけられて終わりだろうと思います。
それだけ、狂信的な世の中になってたんだろうと思います。
許すことが出来ないっていうのは、やっぱり、いまだに周辺国と仲良く出来ていないからですね。
過去にあんなことをしていなければ、もっと周辺の国々と仲良く出来ていたと思います。
いつまで、このわだかまりが消えないのかって思います。
けど、チャラには出来ない訳で。
いつまで経っても、被害者は被害者で、加害者は加害者ですからねー
Commented by Elina at 2007-04-24 01:22 x
あと、アメリカですが、恐らく日本をなめてた面もあったとは思いますが、
日本を恐れてもいたんですよ。
国のために平気で死ねる、かつての日本人を気味悪がっていたし、
そんなに賢い人種じゃないと思ってたらしいんですけど、戦争を経験したことで、日本人の賢さと、みんなが一つのこと(戦争)に向かう気持ちというか志を、アメリカ人は恐れていました。
当時にしては珍しい程の日本人の識字率に驚いて、英語の授業というもんを、会話中心ではなく、あえて読み書き中心の内容に決めて、
日本人が英語を話せないようにしたそうです。
日本人が英語を話せるようになると、世界が日本人の手に握られるって
危惧していたようです。

また、ギャア~って書いてしまいましたww
すみません!
Commented by norichofu at 2007-04-24 03:37
>>Elinaどの
わおわお、コメントありがとう!会って話したくなるなあ。
ギャア~って、悲鳴かと思った笑。
平田さんのことはこないだElinaさん日記で知ったのよ、今月までだったんやね。

そうそうそう!アメリカがそうやって日本を恐れて、んでもともとあった黄色人種にたいする差別感もあいまって悔しさが増幅されたそうで、んで開戦はしないという立場をとっていた日本をどうやら姑息な根回しをして開戦せざるをえない状況に誘導して、しまいには原子爆弾を実験やソ連への力の見せつけも兼ねて落として。
どうやら原爆投下を決定した当時のアメリカ大統領もあんまりな人だったらしくて、冷静さよりも見栄などの私情が勝つような。投下に側近の要人はみな反対したらしいけど…うーん、そう考えたら、ほんと国を動かすひと次第っていう現実が恐い。
Commented by Elina at 2007-04-25 00:19 x
norichofuさんも、熱いですね!
確かに、国を動かす一人の人っていうのも恐いですけど、
戦時中の、日本国民のほとんどの気持ちを一つの方向(戦争)に導いて洗脳していったことも恐いですね。
まぁ、こういうことも、当時の世の中が、自由な意見を言えるような環境ではなかったんでしょうね。
それだけでもないでしょうけど。
今の日本だったら、約1億3000万人の気持ちを一つにまとめることは、相当難しいような気がします。

あと、気になるのが、こんなに好き勝手やられてるのに、アメリカを無条件に好きっていう日本人の多いことです。
私は、あまり好きではないですね。
カナダは好きですけどね(^^)
Commented by norichofu at 2007-04-25 04:20
>>Elinaさま
そうやんね、アメリカ好きのひとって確かにけっこういてはるよね、
野球やバスケやってる人は憧れるやろうしなあ。
行ったことないけども。
私は、小学校のときに広島の原爆資料館に行ってから、アメリカにたいしてぼんやり不信感みたいなのが始まったかなあ。ガビーンと来たもんなあ、やっぱりショックだった。

>>"今の日本だったら、約1億3000万人の気持ちを一つにまとめることは、相当難しいような気がします。"
同意だわ、ほとんど難しいやろうね!価値基準とか死生観とか色々がもうばらばらになってそうだしなあ。話さえ通じさせるのがむずかしそう。言葉通じなさそう。
Commented by Elina at 2007-04-26 01:07 x
私の祖母の世代(80歳位)は、ちょうど戦争を経験してるんで、鬼畜米英とか言ってたはずなんで、アメリカはあまり好きじゃないはずなんですけど、その子供の世代(50代~60代)は、親がアメリカのせいで危ない思いとかしてるのに、意外と、アメリカは豊かさの象徴的な感覚で、アメリカを好きな人が多い気がします。
なぜでしょうね?
原爆を2つも落とした国を、どうしてこうも無条件に憧れることが出来るのか、不思議です。

昔の日本人が、国民の気持ちを一つにまとめることが出来たのは、
やっぱり、一般の国民に知らされていた情報が限られてたからじゃないでしょうかねぇ?
限られた情報しかないから、それを信じて、あと天皇っていうのが、ものすごく大きな存在だったから、まとめることが出来たんでしょうね。

今は、インターネットやら、数々の書籍やらで、かなりの量の情報が開示されてるし、その膨大な情報量の中で、人は色んなことを知ることが出来るし、感じるところが違いますからね。
それに、人々の思想をまとめるシンボル的なものが無いですもんね。

いやぁ、うちら結構まじめに語りますね(^^)
Commented by norichofu at 2007-04-26 23:32
>>Elinaさま
50代~60代って、ちょうど団塊の世代ね、小泉さんもこの年代だったよね。青春時代のころはちょうどアメリカ色一色だったのかも、映画とか音楽とか踊りとか…ゴーゴーってアメリカだったっけ??

今現在も、最近やったら郵政民営化決定とか米産牛肉輸入の規制がだんだんゆるくなってる事とか、日本のいくつかの重大な政策がアメリカが暗に出した提案・要望に応えるかたちでどんどん決められて行ってるそうで。
今でも言いなりになっている部分があると思うとひじょうに焦ります。うすら寒いです。やだなあ。

ふつうの往復書簡みたいになってきた!
そろそろ切り上げましょか…
Commented by Elina at 2007-04-27 00:32 x
ゴーゴーって何ですか??
確かに、往復書簡ですねww

すんませーんm(_ _)m
Commented by norichofu at 2007-04-27 02:39
>>Elinaどの
ゴーゴーって、えっと正式名称はたしか
ゴーゴーダンスだっけな…
ロカビリーっぽい踊りだったと思う!(不確か)
たぶんうちのお父さん踊れると思います(きっと)。


Commented by Elina at 2007-04-28 01:08 x
えーっと、そういえば聞いたことがあるような、ないようなww

ところで、今日が平田さん最終日でした。
Commented by norichofu at 2007-04-28 04:28
>>Elinaさま
わ、そうなんだ!平田さんおつかれさまでした☆
(とおうちの方角に向かってささやくわたし。ご近所さんだしね)
たしか、6年居てはったんかな?
Commented by Elina at 2007-05-02 00:14 x
そおです。
確か6年って言ってはりました。
メンバーがどんどん変わっていきます><
norichofuさん、カムバックプリーズ(^^)
Commented by norichofu at 2007-05-03 22:10
>>Elinaさま
そういうElinaさんも3年目よね、おおお。
だんだんと古株&ベテラン&先輩になっていくのね☆
Commented by Elina at 2007-05-03 23:53 x
古株じゃないもーん!
まだまだフレッシュな気持ちを忘れてませんよぉ(^^)
Commented by norichofu at 2007-05-04 21:59
>>Elinaさま
にゃはは、ムキになったあのニコニコ顔が
目にうかぶようだわん。(ゴメン)
Commented by Elina at 2007-05-06 23:03 x
うっしっし(=^-^=)


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